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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)91号 判決

原告 今井スワ

被告 東京国税局長

訴訟代理人 樋口哲夫 外三名

主文

被告が原告に対し昭和四二年一〇月一七日付でした滞納者小林好之に係る第二次納税義務告知処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

主文と同旨の判決

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求原因

小林好之は、昭和三八年分の所得税額六四九万五、一八〇円、無申告加算税額六四万九、五〇〇円を滞納していたところ、被告は、同人について滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足が生じ、その不足の原因が右国税の法定納期限の一年前の日以降である昭和三八年五月ころ同人が原告に金五〇〇万円を贈与したことにあり、したがつて国税徴収法第三九条の規定により原告に右金額の限度においてその滞納に係る国税の第二次納税義務があるものと認め、昭和四二年一〇月一七日付で、原告に対し税額五〇〇万円を同年一一月一七日までに納付すべき旨の告知処分をした。

しかし、原告と小林とは昭和一〇年三月一八日結婚した夫婦であつたが、小林は、昭和二三年暮ころ事業に失敗したことから、妻の原告と六人の子供をおいたまま家を出て、爾来女と同棲して家のことは捨てて顧みず、資産のみるべきものがなかつたので、原告は、女手ひとつで子供を守り、昭和二八年一月一六日小林から原告らの居住していた東京都千代田区一番町四番の六七宅地一〇〇坪(三三〇・五七平方メートル)を期間三年、賃料一か月一坪(三・三平方メートル)あたり一〇円の約定で賃借し、また、昭和三一年一月一六日には右賃借権の存続期間を同日から二〇年間と改定し、その旨の登記を経たうえで、同年一〇月ころ、右借地とこれに隣接する原告所有の同所同番五六宅地四八坪(一五八・六七平方メートル)にアパート二棟を建て、その家賃収入をもつて子供の嫁入り費用や学費をまかなつていたところ、昭和三八年一月にいたり、小林がその負債を整理するため右土地を更地として代金三、〇〇〇万円で千代田区に売却するにあたり、親戚の者の尽力で、原告と小林との間に、同人は原告に前記のごとき不貞行為、悪意の遺棄(同居協力、扶助義務違反)に対する損害賠償として一、〇〇〇万円を支払う旨の話合いがまとまり、右約旨に基づき、小林は、原告に対して昭和三八年五月ころその半金の五〇〇万円を支払うにいたつたものである。仮りに、右五〇〇万円が賠償金として支給されたものでないとしても、小林が同年二月一日現実に千代田区と売買契約を締結した際、原告が当該土地について有していた前記賃借権を放棄したことはいうまでもないところであるから、右の金員は、賃借権放棄の代償として支給されたものというべきである。

以上いずれの点からみても、前記話合いに基づいて支給された五〇〇万円は、原告が小林から無償で支給されたものでないこと明らかであるから、被告のした前記告知処分は、違法であつて取り消されるべきである。

第三被告の請求原因に対する答弁

原告主張の請求原因事実のうち、原告が小林所有の土地について真実賃借権を有したことおよび原告と小林との間にその主張のごとき内容の話合いがまとまつたことは否認するが、その余の事実は認める。

(1)  原告は、小林の土地について賃借権を有していたと主張するが原告が小林に対して賃料を支払つた事実はなく、賃貸期間も当初は僅か三年という極めて短期のものであり、しかも、右賃借権の設定されたという昭和二八年一月一六日から三年余を経た昭和三一年五月にいたりはじめてアパートが建築されたことやアパートの大部分が原告所有の土地の上にあつて、小林所有の土地には僅か一六坪(五二・八九平方メートル)余りがかかつているにすぎないのに、同土地全部について賃借権が設定されたことになつていること等からみて、原告は、小林所有の土地について真実賃借権を有していたものとはいえず、賃借権の登記は、原告が田中フサ子からアパートの建築資金を借り受けるにあたり、同人の要請に基づき、また、当時小林が債権者から強硬に借財の返済を迫まられていたところから、その取立てを免かれる目的で、事実を虚構してなされたにすぎないものである。

(2)  また、原告は、昭和三八年一月ころ小林と原告との間にその主張のごとき内容の話合いが、成立したと主張するが、原告は、それより約五年後の昭和四一年一二月にいたり、東京家庭裁判所に小林を相手どつて離婚並びに財産分与七〇〇万円、慰藉料三〇〇万円の支払いを求める旨の調停の申立てをしていることや、小林が前記土地を千代田区に売り渡した際、原告は、自己名義のこれに隣接する土地を一括して同区に売却し、その代金として一、三九二万円の支払いを受けているが、その土地の実質上の所有者が小林であつたこと、なお、前叙のごとく原告が小林名義の土地について真実賃借権を有していた事実がないこと等に徴すれば、原告主張のごとき話合いが成立したものとは到底考えられない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

被告が原告主張のごとき理由に基づき昭和四二年一〇月一七日付で原告に対し滞納者小林好之に係る本件第二次納税義務の告知処分をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、一般に、第二次納税義務は、形式的には第三者に財産が帰属しているが、実質的には滞納者にその財産が帰属していると認めても公平を失しないような場合に、その形式的な権利の帰属を否認することにより私法秩序を乱すことを避けて、形式的に権利が帰属している者に対して補充的に納税義務を負担させることによつて租税徴収の確保を図らんとする制度であり、殊に国税徴収法三九条の規定する無償譲受人等の第二次納税義務は、滞納者が純粋な経済的動機からは考えられないような処分行為をしたことによつて国税の徴収を免かれる結果を招来した場合に、当該処分行為により異常な利益を受けている第三者に対して、一定の限度で、滞納者の滞納に係る国税につき納付義務を負担させる制度であるから、同条所定の処分行為は、必らずしも贈与、売買、債務免除、財産分与等特定の行為類型に属することを必要とせず、これら各種の約因を帯有する行為であつても、それによつて第三者に異常な利益を与えるものであれば足りる、と同時に、無償又は著しく低い対価による譲渡等であつても、実質的にみてそれが必要かつ合理的な理由に基づくものであると認められるときは、右の処分行為に該当しないと解するのが相当である。

いま、本件についてこれをみるのに、原告主張の請求原因事実のうち、原告が小林所有の土地について賃借権を有していたことおよび原告と小林との間にその主張のごとき内容の話合いができたことを除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の二、甲第二号証の二、甲第五号証の一ないし五、甲第七号証の一、二、甲第八号証の一ないし四、甲第一〇、第一一号証、乙第二、第三号証(但し、後に記載する措信しない部分を除く。)、証人小林信男の証言により真正に成立したものと認める甲第四号証の一ないし六、証人小林好之、小林安久里、小林信男の各証言、原告本人尋問の結果および本件弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。すなわち、原告と小林は、昭和二一年ころ子供六人を連れ疎開先の千葉県香取郡滑河町を引き揚げ、東京都千代田区一番町四番地に移り住み、昭和二三年ころ同所に合計一四八坪(四八九・二四平方メートル)の宅地を原告名義で買い求めたが、その後まもなく小林の経営していた会社が倒産したところから、同人は、以前より関係のあつた小林雪子の許に身をかくし、爾来時たま東京に現われるくらいで、家のことは捨てて顧みなかつたので、原告は、女手ひとつで子供らの面倒をみ、昭和二六年住宅金融公庫から融資を受けて前記宅地の上に居宅を建てたが、その際、借受限度額と借主自身が担保を提供しなければならない必要上、借主を原告と小林の両名とし、居宅の構造も二棟の建物としたほか、右土地のうち一〇〇坪(三三〇・五七平方メートル)の部分を小林の所有名義に変更し、そのために、その後田中フサ子から資金を借りて自己名義の土地と小林名義の土地の一部にまたがりアパートを建築するにあたり、フサ子の要請に基づき、小林の了解のもとに、同人名義の土地全部について昭和二八年一月一六日存続期間三年、賃料一か月坪(三・三平方メートル)あたり一〇円とする賃借権を設定し、その旨の登記を経由し、さらに、昭和三一年一月一五日右賃借権の存続期間を昭和五一年一月一六日までと改定して賃借権変更の附記登記と同年五月一一日付で改定に係る内容の賃借権につき設定登記を了し、昭和三一年一二月一一日ころまでの間にアパートを完成し、賃料は、支払がなかつたが、その代わりに小林が金融公庫に支払うべき返済金を原告において支払つてきたこと、その後小林は競馬等にこつて借財がかさみ、昭和三七年末ころ、同人名義の前記土地について競売の申立てがなされるに及び、競売を避けてできるだけ有利に右土地を処分することを図り、同人の甥にあたる小林安久里が奔走して、千代田区との間に右小林名義の土地と原告名義の土地を一括更地として坪(三・三平方メートル)三〇万円で売却する旨の話しが進んだが、原告とすれば、アパートがなくなるとたちまち収入の途を失ない、しかもそこに入つている八世帯の者に対して多額の立退料や敷金等を支払わなければならずまた、小林としても、やがては原告と正式に離婚するよりほかないので、この際、長年にわたり原告に苦労をかけ、女手ひとつで子供らを慈恵医大、慶応大学、芝浦工大等を卒業させてそれぞれ立派に育てあげてくれたことに対して謝意を表し、原告や子供らの将来の生活のことも考えて、相当の金を出さなければならないものと考え、右安久里の勧めもあつたところから、昭和三八年二月ころ、原告に対して小林の取得する右一〇〇坪(三三〇・五七平方メートル)の土地の代金のうちから一、〇〇〇万円を支給する旨を約諾し、同年五月ころその半金として本件五〇〇万円を交付するにいたつたこと、その後原告は、昭和四一年一二月一二日にいたり、東京家庭裁判所に小林を相手どり離婚並びに財産分与七〇〇万円、慰藉料三〇〇万円の支払を求める旨の調停の申立てはしたが、双方話合いの結果、さきの約定が財産分与、慰藉料支払の趣旨をも含むものであるとの了解に達し、昭和四二年二月二二日右申立てを取り下げたこと、なお、原告と小林とは、子供らがすべて結婚や就職をした昭和四二年一二月二七日にいたり、正式に離婚するにいたつたことを認めることができ、右認定と牴触する乙第二、第三号証の各記載部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

されば、小林が原告に対し一、〇〇〇万円を支給する旨を約諾したのは、借地権放棄の代償と離婚を前提とする慰藉料、財産分与等各種の意味合いをかねてなされたものであり(原告は、東京国税局長に提出した審査請求書には前記五〇〇万円が離婚に基づく慰藉料および財産分与であると記載し、本訴にいたつてはそれが損害賠償金であるとか賃借権放棄の対価であるとか主張し、その間に法律上の見解の不統一がみられるのも、前記一、〇〇〇万円が前叙のごとき各種の意味合いをかねていたことによるものである。)、その一つ一つの約因についてみれば格別、これらを総合して判断すれば、前叙のごとき事実関係のもとにおいては、資産の見るべきもののない小林にとつても、右約旨に基づいて支給された五〇〇万円は、まさに、必要かつ合理的な理由に基づくものであり、国税徴収法三九条所定の処分行為に該当しないというべきである。それ故、これが単なる贈与であつて同法条の処分行為に当たるとしてなされた本件告知処分は、取消しを免かれない。

よつて、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)

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